ナポレオン・ヒル財団アジア/太平洋本部

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29秒の決断――成功哲学のはじまり

「あなたは成功したいですか?」
と聞かれれば、多くの人は「イエス」と答えるでしょう。

ではもう1つお伺いします。

「その成功のためにあなたは何をしていますか?」
その答えこそが、まさに成功者と失敗者の分かれ目なのです。

そもそも「成功」とは何か。

それは単なる物質的な豊かさだけではなく精神的な豊かさも含んだ「本当の幸せ」をつかむことであり、 自分のやりたいことが思いどおりにできている、いわば「自己実現」が叶った状態を指します。

いまから百年ほど前の話です。

ある無名の青年が、世界の鉄鋼王であり、大富豪であったアンドリュー・カーネギーと出会いました。 雑誌記者であった青年は、カーネギーに成功談を取材するという目的で赴いたのですが、 カーネギーは彼を三日三晩、自宅の豪邸に泊めながら、自らが培ってきた成功ノウハウを語りました。

そして三日目の夜、カーネギーはその青年にこう切り出したのです。
「どうだろう、私の得たノウハウを成功哲学のプログラムとしてまとめてくれないか? 私は五百名の成功者を紹介しよう。期限は二十年。ただし、資金の援助は一切ない。」

この提案を受けた無名の青年こそ、当時、弱冠25歳であったナポレオン・ヒル博士だったのです。

実はそれまでもカーネギーは多くの若者にこの話をしていましたが、誰もがその遠大な計画にひるみました。
ところがヒル博士は一切の否定的な考えを捨て去り、これを快諾したのです。
答えに要した時間はわずか29秒でした。

20年の歳月を経て完成した普遍的かつ体系的な成功法則

ヒル博士は「成功法則」を体系化するとともに、カーネギーから与えられた各界の精鋭500余名のリストをもとに彼らに密着し、そのノウハウを吸収していきました。

彼らの思考、行動、経営方針、組織運営、トラブル時の対応といったビジネスに関する事項はもちろんのこと、 人との接し方、立ち振る舞い、表情、話し方、嗜好といった人間性に至るまで、ありとあらゆるデータを収集しました。

何が彼らを成功へと導き、どのような資質や要素が現実に成功するために必要なのか。 理屈や仮定に基づいた机上の理論ではなく、一切の先入観にとらわれず実際に自分の目で見、また体験した事実のみを詳細に分析する事にヒル博士は没頭しました。

そのリストにはまだ成功の途上にいる人も含まれていましたが、トーマス・A・エジソン、ヘンリー・フォード、J・D・ロックフェラーといった名前もあがっていました。

1919年、カーネギーは83歳で死去しましたが、ヒル博士の研究は続けられ、1928年に、カーネギーの予想どおり20年の歳月を経て、ついにプログラムが完成しました。
このプログラムが今日の『ナポレオン・ヒル・プログラム』の原型となっています。

その後、『ナポレオン・ヒル・プログラム』は、時代の要請を受ける形で改訂を続けました。

W・クレメント・ストーンに受け継がれたヒル博士の偉業

ヒル博士によって作り上げられた一大成功プログラム『ナポレオン・ヒル・プログラム』は、 当時人々から熱狂的な支持を得て、多くのアメリカン・ドリームを生み出すことになります。

その中には当時世界有数の特殊損害保険会社エイオン・コーポレーションの会長で大富豪でもあった W・クレメント・ストーンもいました。

このストーンが1952年、ヒル博士のもとを訪れました

すでに現役を退いていたヒル博士に、自身の体験に基づく新理論を交えたプログラムの改訂を提案したのです。 そして、ヒル博士の長年の研究にストーンの情熱と信念が加わり、成功哲学はより洗練されたものに生まれ変わりました。

1970年にヒル博士が亡くなった後も、ナポレオン・ヒル財団の理事長になったW・クレメント・ストーン氏の尽力により、新たに2,000余人の成功者の協力を得て、ついに1988年、最新版の『ナポレオン・ヒル・プログラム』が 完成したのです。
実に80年に及ぶ密度の高い研究と実証の歴史に裏付けられた、より完璧で普遍的な成功プログラムの誕生でした。 日本語版のプログラムはこの最新版に基づいています。

あなたを成功へと導く『ナポレオン・ヒル・プログラム』

2500名を超える世界的に著名な大富豪や成功者たち。

彼らがなぜ成功することができたのか。

そのノウハウを徹底的に収集・分析したこのプログラムには、彼らが成功した「理由」がぎっしりと詰め込まれています。
つまりこのプログラムには、成功するためには何をしなければならないか、その貴重な成功ノウハウが具体的かつ詳細に明示されているのです。

成功者には共通の資質があります。

目標が明確で、達成したいという強い意思のもと物事に積極的に取り組む。
行動をしなければ状況は何も変わることはありません。
「どうせ」と動かなければ、いつまでたっても成功に近付くことはないのです。
まずは行動を起こすことなのです。

次にこの成功哲学を受け継ぐのは「あなた」なのです。

アンドリュー・カーネギー

遺書
私は、自分がつくり上げた莫大な財産の大部分を、多くの人々に分かち与えたいと思う。 その財産とは、私が巨富を得ることを可能にさせた成功に関する哲学のことである。
アンドリュー・カーネギー

カーネギーが巨富を築き、また心の平安を得る術も身につけて一息ついた頃に、持論として常々人に語っていた言葉に次のものがあります。
「私が苦労して見いだした成功する秘訣は実に明快である。しかし、時代や世代が変わるたびに、人々は成功する秘訣を見いだすのに、 ふり出しに戻って試行錯誤をしつつ、長い年月をかけなければならない。これは、一度しかない貴重な歳月を無駄にすることであって、とても残念だ。」
この思いは、ナポレオン・ヒル博士を見いだしたことにより、やがて実を結ぶことになります。
まさに「思考の現実化」でした。

その後のナポレオン・ヒル

「ナポレオン・ヒル・デー」の制定

1998年、ナポレオン・ヒル生誕の地であるバージニア州では、州立大学ワイズ校が「ナポレオン・ヒル・デー」のイベントを開催。翌年にはギルモア知事(当時)がヒル博士の誕生日10月26日を「ナポレオン・ヒル・デー」と制定しました。

毎年このナポレオン・ヒル・デーには様々なイベントが開催されます。
2002年は、州立大学学長公邸でのセレモニーを皮切りに、三日間にわたってイベントが行なわれました。 ノース・カロライナ州の実業家ダットレー氏の記念講演には、地元高校生らでつくる「未来のビジネス・リーダーの会」から300人が参加。大学生、父兄らにまじって熱心に耳を傾けました。

また、ナポレオン・ヒル講座を受講した「ヒル・スカラー(ヒル学者)」と呼ばれるようになった学生たちは、地元の高校を回って自分たちが授業で学んだヒル博士の成功哲学を紹介していきました。イベントでは、教授や来賓を前に、高校生から十数人のリーダーを集めてゲーム方式のプレゼンテーションを披露しました。

「ナポレオン・ヒル・ワールド・ラーニングセンター」開設

バーデュー大学キャリュメット校は、インディアナハモンド市にあります。
工学部や農学部が有名なバーデュー大学。ノーベル化学賞に輝く学者のほか、卒業生からも2名のノーベル物理学賞受賞者を出しています。さらに、宇宙分野でも優秀な人材を多く輩出し、全米の宇宙飛行士約100人中21人がバーデュー大学卒。1969年に人類初の月面着陸をはたしたアームストロング船長も、そのひとりです。

バーデュー大学は、1984年に、市民を対象とした生活学習コース「PMA講座」を開設し、その後在校生を対象に、正規の履修科目として取り入れるようになりました。

モティベーションの維持、育成に大きな影響を及ぼす哲学であるとして、PMAに対する大学側の評価は非常に高く、1999年秋、大学構内にナポレオン・ヒル・ラーニング・センターを開設。同時に、シカゴ近郊に置かれていたナポレオン・ヒル財団がここに移設することになります。

センターに併設された図書館には、当時財団の理事長を務めていたW・クレメント・ストーンが三万冊の蔵書を寄贈。ヒル博士がタイプライターで打った「思考は現実化する」オリジナル版など、貴重な資料も展示されています。

ナポレオン・ヒル財団事務局移転

トマス・ジェファースン第3代米国大統領が設立した、全米屈指の名門大学・州立バージニア大学ワイズ校内に、ナポレオン・ヒル財団本部事務局を移転。 世界各地でイベントや講習会などを積極的に展開しています。

バージニア州ワイズ郡のハイウェイ23号沿いには、ナポレオン・ヒル博士生誕の地を示す歴史標識が建てられています。

日本におけるナポレオン・ヒル

W・クレメント・ストーンによって改訂され、1988年に新たに完成した『ナポレオン・ヒル・プログラム』は、 これまでイギリス、ロシア、インド、オーストラリア、ブラジルなど、100ヶ国以上の国々に紹介されてきました。
日本においては、かねてから脳力開発事業を展開してきたエス・エス・アイの創業者 田中孝顕が、1988年「ナポレオン・ヒル財団日本リソーセス」創立。

2002年には「ナポレオン・ヒル財団アジア/太平洋本部」として認定され、『ナポレオン・ヒル・プログラム』の紹介・普及活動に努めています。

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